瞑想心理カウンセラーリッカのつぶやき

決められないとき、自分の気持ちがわからないとき。あなたの本心をカウンセリングと誘導瞑想で一緒に発見します。

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愛情を残しながら思い出の品を処分する 断捨離祭りと感情の手放し

 

【断捨離祭りと心理学での手放しが同じだった!!というお話】

 

今回は、

*自分の好き嫌いを把握するのに、実は断捨離やミニマルな生活はおすすめ

*とはいえ、もらい物や思い出深い品の処分が辛い!

*リッカが体験した、断捨離祭り後の変化

について。

とつとつと語っております。

 

 

さて、私リッカは

【もう本当にどんずまった】ときや

【解決したいけど、方法が思いつかん】

 

そんな悩みがある時に、この2つを実践することがあります。

 

①徹底的に、持ち物を見直す断捨離祭り

ときめき重視のこんまりさん流はとくに。

女性性を高めたい時や、パートナーシップに対する決断力を高めたい時によかったです。

半分冗談ですが、当時彼氏だった男性は、2度の断捨離祭りを無事に生き残り今では夫となっています。ありがたや。

 

 

②心理カウンセリングで徹底的に悩みを吐き出す

自分を縛る「べき、ねば、普通はこうする」

パートナーに対する自分勝手な執着とか

全てを洗い出して、いる、いらない分けてみていく。

 

この2つです。

そして、この2つが本当に似ているし、繋がっている。

 

いずれも、自分の本当に大切なもの欲しい物が見えてくるのです。

 

たとえば

「大事!絶対その手を握りしめて離さない!」

なんて思っていた物が、実はそれほど大事でもなかったと気づく。

 

その物の輝きが減ることはなくとも

もう十分、自分の人生での役割を果たしていたのでサヨナラできた。

 

別にどうでもいいなんて思っていたが、

余計な物を減らしていくと、それが急に輝き出した。自分の支えになっていたことが分かった。

 

そんなことに、気が付くのが断捨離祭りと心理学でいうところの「手放し」なのです。

 

物質も感情も、大切な品も思い出も

実は、同じようにつながっているのです。

 

ここで、ちょっと私リッカの体験談をシェアします。

 

20代、実家暮らし。

何年もかけて大切なものを、せっせせっせとと収集していました。

整理整頓や掃除も苦ではなかったため、精力的に取り組んでいました。

 

年に数回している、ある大掃除の日。

押入れに、パズルのようにキレイに組み込まれている物たち。

全て出して掃除。

飾って、また掃除。

 

まあ、めんどくせーーこと!!

(それはそうよ)

 

家族からもらった物、小学生から残してきた教材の数々

 

なぜ、私は大事に詰め込んでいるのだ?

とモヤモヤしてきたのです。

 

ちょうど、『近藤麻理恵』さんの本と出会い。

メソッドどおりの手順で、全ての持ち物をときめく基準で見直したのです。

 

8割ぐらい減り

掃除ってこんなに楽だったの!?

物が少ないとイライラしないけど!?

管理する物が減ったら、なんか時間ができた!

 

といった、明らかにわかりやすい日常の変化がありました。

しかし、私の効果はそれだけではなかったのです。

 

1回目の断捨離祭りは、

念願だった図書館司書の就職先のはなしがやってきました。

 

2回目の断捨離祭りは、たしか

現夫と同棲したくて、持ち物を徹底的に見直して。

誇らしすぎて、ほぼ、宝物のような雑貨と好きなワンピース数着とスーツケースだけになった押入れに写真を彼に送ったんだった!

(書いてて今思い出した)

 

まあ、同棲にいたるまでに、一回一人暮らしを挟むわけですが。

 

そして!

断捨離祭りと心理的手放し(執着を切って、対象と心の距離を適切に保つ。つまり、ごめんなさいじゃなくて、嬉しい、大好きと思える距離) 

 

につながるエピソードを、リッカは実体験から見つけました。

 

ええ、先日。

 

急に始まるリッカの【悪孫エピソード】

 

2回目の断捨離祭りも佳境にはいった。

とうとう、【思い出】ジャンルにとりかかるときだ。

 

リッカは、大事なもの入れを覗き込む。

 

旅行先で買った、旅の思い出小物。

友人が見かけた瞬間君を思い出したと、差し出してきた猿のキーホルダー。

外国の硬貨、気に入ったシール、大事な葉書、アクセサリー、写真、もろもろ。

 

この頃には、ときめくもの(眺めるだけで、自分のエネルギーになるものだと、いまなら理解できる)を、迷うことなく見分けられるようになっている。

 

感謝して処分するもの。

新たな持ち主と出会えるように売るもの。

手元にずっと置いておくもの。

 

感覚というものは、時に本当に残酷であった。

 

リッカは、あるものを手にして固まっていた。

 

昔、

祖父が孫2人にくれた色違いのブローチだ。

パールに似たビーズがついた、水色の猫のブローチ。

祖父はピンクの方をリッカに渡そうとしていたけれど。

ワガママを言って、水色の方を選んだ。

そんな思い出の猫のブローチだ。

従姉妹は水色が欲しかったかもしれない。

分からないけれど。(今度聞いてみよう)

 

今までずっと、大事にとってきた。

断捨離祭り佳境の感覚がいう。

「このブローチはもう役割を終えた」と。

 

いやいや

祖父はもう亡くなっている。

物を貰うことは、どんなに願ってももう2度とない。

 

感覚がいう。

「はっきり言って、好みではなかったでしょう?どこで使ったらいいのかもよくわからないでしょう?ブローチは、はい終わり。他のものをよく見て」

こんな感じ。

 

断捨離祭りなので、どこかおかしなテンションになっている。

ブレイクスルーのためだ。

感覚にしたがおうと思う。

 

リッカはそのブローチを、たくさんの雑貨と衣類の中に忍ばせて売った。

 

全部で千円にもならなかった。

 

ところで、断捨離祭りを終えた後は

「やっちまったなー」期間がやってくる。

 

リッカのやっちまったなーは

漫画のイティハーサ(超古代日本を舞台にした漫画、名作)、スラムダンク豪華版

そして、祖父の水色のブローチだった。

 

とはいえ、数ヶ月もすれば、やっちまったなー感も薄れていく。

 

そして、気がつく。

もう一生持ち歩くと決めていたのに手放した漫画は、絵柄も話も、主人公達へのあこがれもまざまざと思い出せる。

つまり、もう私の血肉になったと言える。

 

ブローチは。

 

ブローチは大事に箱へ入れていた時は、普段はすっかり忘れていた。

 

わざと水色を選び取った自分と、予想外で戸惑う祖父の表情。

そんなことしか思い出せなかった。

バツが悪い思いしかなかった。

 

今は、細部のデザインも、色も艶も釣り上がった猫の目も。

両手にブローチを載せて笑顔を浮かべる祖父の顔も。

すぐに脳裏に浮かぶ。

そして、祖父がリッカ達、姉妹のような孫を思って買ってくれたことを思い出すと。

嬉しいを通り越して、なんだか泣けてくる。

 

ブローチは手放したけれど。

実は、リッカが学生の時に、祖父が送ってくれた葉書は残っている。

そこには、こう書かれている。

「君ならできるとじいちゃんは信じている。だから大丈夫」

 

私の感覚は

「この言葉こそが大事なものでしょ?」

とあの断捨離祭りですでに見抜いていたようだ。きっと今も、潜在意識の奥でニヤニヤしているだろう。

 

 

と、いう感じで!

このながれ、まんま心理学でいう【手放し】

と一緒なんですよ。

 

対象と、「ごめん、許して」といった「罪悪感」でつながらない。

 

対象と交互にやりとりしたであろう感情や感謝とか愛情を、思い出してつながり直すという。

 

私の場合は、祖父への愛情とのつながり直しでした。

 

たとえば、彼氏彼女さんがくれたプレゼントでも同じことがいえるのです。

 

本当に大切な感情は、物を通してもよし。

物質ではなく、血肉として残してもよし。

 

そんな思い出したお話しでした。

 

断捨離マスター(たぶん)リッカでした!