車のおはなし、続きます。なぜなら、免許更新をしてきたから。
「何度も言ってるけど、遮断機の前では、一時停止左右確認でしょうよ」
助手席に座る、爺ちゃん先生が珍しく声を荒げる。
ジカには、頭では理解していも、身に付かない理由があった。
ジカの住む土地には線路がなかった。
ジカが保育所に通っていた時、皆で廃線さよなら記念撮影をした記憶がかすかにあった。
20歳
自分で貯めたお金を握りしめ、ジカは自動車学校の門を叩いた。
仕事のあとの2時間を、毎日学校に捧げた。
担当教官は、白髪の素敵な爺ちゃん先生であった。
ジカは、持ち前の鈍臭さを遺憾なく発揮した。
2度坂道発進が出来ず、坂をずり落ちた。そして、仮免許試験に2度落ちた。
「誰に似て、そんなに鈍臭いんだ」と父が言う。
「父さんも母さんも、運動神経いいのにね」と母が言う。
ロビーの待合席で、高校生の集団の陰に隠れて、ジカはさめざめと泣いていた。
昔両親にしみじみと言われた言葉を思い出すほど悔しかった。
通りかかりの爺ちゃん先生が、すぐに気がついて隣にちょんと座った。
「仮免許ぐらいで、泣かなくていいから」
と言葉は優しくないが、すかさず慰めてくれる優しい爺ちゃん先生であった。
社会人になっていたジカは、夏から自動車学校の受講を始めていた。
秋になると、教官達の目の色が変わる。そして、皆一様に口にする言葉があった。
「高校生が来る」
まるで、冬が来る、と言った厳しい響きである。
その高校生が大挙して押し寄せる前に、今のんびりと受けている大学生や社会人を世に送り出す使命が彼らにはあった。
その空気に押され、ジカも誰に頼まれた訳でもないのに一人で焦っていたのであった。
(後日、アホみたいに思い切りエンジンをふかせば簡単に坂道を越えられた。そして、両親の何気ない言葉というやつは、唐突に思い出すよねというお話し)